大きなリスクをはらむ「親塾」

連日、親がわが子の学習スケジュールを綿密に構築した上で、塾で扱う単元の予習・復習に付き添い、ときには科目的なアドバイスや丸付けや直しをしてやる……。これが功を奏してわが子が学力的に伸長したという例はもちろんあるでしょう。しかし、この「親塾」で失敗した事例のほうが断然耳に入ってくるのです。どうしてでしょうか。

わたしは中学受験指導に従事して三〇年ほど経ちますが、わたしがこの仕事を飽きもせず続けてこられたのは、「指導対象の子どもたちが毎年入れ替わる」ということと「指導するのは他人の子どもたちである」という側面が大きいでしょう。

わたしには中学受験を経験した中高一貫の女子校に通う高校生の娘と、いままさに中学受験本番を迎える小学校六年生の息子がいますが、わが子に対して科目指導をする自信はまったくありません。こんなことを口にすると頼りない人間のように思われるかもしれませんが、「よそ様の子どもたち」と「わが子」に対するスタンスはどうしても変わってしまうのです。

もし、わたしがわが子の勉強を付きっきりで見たら、たとえば文章内容をよく把握できていなかったり、設問の条件を読み飛ばしていたり……そんな課題を見出した途端、「何でそんなことも分からないんだ」と激高するでしょう。そして、父親の注意に対して、わが子は気分を損ね、いじけ、その場の雰囲気が悪くなることは容易に想像できます。親子の距離感の近さが「教える側」「教わる側」双方の障壁になるのです。

ですから、「親塾」が上手く機能しない場合が一般的であるのは当然の帰結です。

この文章を読んでいる保護者の皆さんは胸に手を当てて、わが子との平生のやり取りを思い起こしてほしいのです。ちょっと声を荒らげて注意すると、「そんなの分かってる!」「知っているし!」などと反抗的な態度を取られたことはありませんか。思い当たる節がおありの方は「親塾」を成功させるのは至難の業でしょう。

そして、「親塾」がたとえ上手くいったとしても、留意すべき点があります。

わたしは仕事柄、私立中高一貫校の教員と話す機会が度々あるのですが、彼ら彼女たちは次のようなことを異口同音に言うのです。

「中学校に入学した直後は、みんな同じ試験をパスしたわけなので、学力的にそんなに大きな差は生じていません。しかし、中学校一年生の夏明けには学力をぐんと伸ばせる子と、学力面で伸び悩む子に分かれてしまいます。それって入学以前、中学受験をどういう姿勢でその子が乗り切ってきたかが大きな鍵を握っているのです」

そういえば、駒場東邦(東京都世田谷区/男子校)の教頭がわたしの塾で講演会を開いた際にこんなことを口にしました。

「お子さんの中学受験勉強にぴったり付き添っている保護者の方はいらっしゃいますか。もしそうするのであれば、大学受験までそのスタンスを貫く覚悟はあるでしょうか?」

矢野耕平『ぼくのかんがえた「さいきょう」の中学受験』(祥伝社新書)
矢野耕平『ぼくのかんがえた「さいきょう」の中学受験』(祥伝社新書)

両者の言に一脈通じていることがお分かりになったのではありませんか。

そうです。親に受験勉強の面倒を見てもらっている子ほど、中学校に入ったあとに学習面で苦労するケースが多いのですね。

「親塾」の到達点は「志望校合格」にあります。「親塾」が上手くいき、わが子が第一志望校に合格したとしたら、「ああ、よかった」と親は胸をなでおろして、すぐに手を離してしまうでしょう。しかし、わが子の勉強はこの先も変わらず続くのです。これまで、勉強をするときには隣にいた親が突如姿を消してしまったら、さらに難解な内容になる中学校の勉強を自力でどのように進めていけばよいか子どもは困惑してしまうのです。

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